
【review・2】

ベスト・オブ・ジョン・ベルーシ(今世紀最高のFUNKYコメディアン)(97.7.12)
ホントにおしい人を亡くしたよなア。しかし、んとに今見てもめちゃむちゃオモロイで(笑)。 映画「ブル−スブラザ−ス」彼が若くして亡くなったのは、松田優作と同じ位の損失度(この先の映画界、エンターテイメント界をホントに面白く出来る人々だった)だと思う。考えて見ると、この二人の共通点は多い。この二人は、
ミュージシャン的素質がバツグンだった。
そして音楽の基本がR&B(今でいうエターナルとかのコギャル系R&Bでは勿論なく、リズム&ブルースね)まあ、優作は「バツグン」とまでは言えないかも知れないけれど、ベルーシの音楽的才能は下手なソウル歌手よりもめちゃむちゃソウルフルだ。このビデオを見て改めて「すごいミュージシャン」だと思う。
彼はホントに黒人音楽を愛していたと思う。
このビデオは’75年から’79年までの深夜番組「サタデー・ナイト・ライブ」からの抜粋で、様々なベルーシのコント&ライブが詰まっているんだけども、僕が一番好きなのが、彼の黒人音楽への愛情こぼれる秀逸なコント「ベルーシ演ずる若き日のべートーベンが、ピアノの前で食事も取らず作曲に没頭し、クラシックのメロディがどうしても、いつの間にかにR&Bになってしまう」というのがある。これが笑えると同時にとっても感動的なコーナーなのだ。R&Bはピアノと素晴らしいボーカル一つで、こんなにも楽しいものかということが解る。
彼は「都会の狂気」を吐き出す装置だったのではないかなあ。
と、最近思う。彼のギャグ(狂気)が面白いのは、都会に住む人達が自分達の環境の本質的な狂気が解放されているのを、そこに見るからではないでしょうか。って、そんな理屈で笑ってるわけではないんだけど、本当はベルーシが狂気なのではなく、感情が抑圧された都会的環境のほうが「狂気」だったんじゃないかな。ベルーシは逆にいえば「まれに見る正気」な人だったからこそ、あのような「狂気」を発散せざるをえなかった。彼にとっての破壊的ギャグは、都会の狂気と共存するための「バランス作用」だったのではないかと思う。だから田舎では彼のギャグは受けないと思うよ。彼のギャグに反応出来る僕らは、充分都会的狂気に侵されてるからこそ笑えるのではないでしょうか?
「毒」による「解毒」。
「まれに見る正気人」ベルーシの私生活はボロボロだったっていう話をよく聞く。ドラッグとかね。「都会の狂気」に耐えられなかったのかなあ。狂気と正気、または物質と霊性と言い換えてもいいかもしれないけど、そんな意味でそれを続けている横尾忠則という画家はすごいと思う。ゴッホは自殺しちゃったしね。
自分の中の「狂気と正気」のバランス感覚を自分で取る。
ニューエイジ的に言えば「3次元と4次元のバランス」でしょうか?去年、あるSM倶楽部を取材したことがあったんだけど、お客はまじめそうなサラリーマンが多かった。こんなのもバランスを取る一つの方法なのかも知れない。僕は一人で瞑想する(ただ静かに座るだけだけど)のがバランス的にいいです。
知的でFUNKYな都会人。ジョン・ベルーシの御冥福をお祈りします。
「ベスト・オブ・ジョン・ベルーシ」(1985年・ワーナーホームビデオ)出演:ジョン・ベルーシ、ダン・アクロイド、チェビー・チェイス、ビル・マーレー、ブルース・ブラザースバンドほか
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