【review・10】


CONTACT


(宇宙と人間は相似形?)
(97.9.23)


ゼメキス。あなたはまだ大丈夫(笑)

スピルバーグ系と一言でくくられてしまいがちな(ニューハリウッド・エンターテイメント)ロバート・ゼメキスですが、彼はディズニーランドのアトラクション映画じゃない、いい意味でのアメリカ映画を継承できる(大衆的エンターテイメントと精神性の融合)数少ない映画制作者だ。


それは大きな意味でこの映画のテーマとも通じてくる。技術と精神のバランス。
簡単にいえばこの映画は97年度版「未知との遭遇」。でも宇宙人が主役だったスピルバーグ作品に対してこの映画の主役は「人間」でした。ここが問題。
「宇宙人」のことを考えるとき、そのカウンターとして「人間」もしくは「自分」とはなんなのか?を考えてしまう。
映画はあまり宗教的な感覚までには行きませんが「科学的実証がない限り、神を信じることが出来ない」宇宙学者ジョディ・フォスターと「科学を否定しないが、神を信じ人生の目的を考える」牧師&科学ライターであるマシュー・マコノヒーの葛藤とそれを越えていくまでのラブストーリーが裏筋の話。というよりもこの「意見の違う小さな人間二人がいかに理解し合っていくか?」が全てに繋がっていくようにも見える。「科学と宗教の葛藤」「人間と宇宙人の葛藤」「個人と社会の葛藤」「知性と感情の葛藤」「男と女の葛藤」。
全ては相似形なのかもしれない。
小さな幸福(または相互理解)を創れない限り大きな幸福は創れないのかもしれない。先日マザーテレサが亡くなった。日本で彼女の名前を聞くと日テレの「24時間テレビ」を思いだし(笑)どうも偽善的匂いがしてしまうのはなんともなあという感じだが(笑)彼女自身はただ個人から道に倒れる死に行く病人を一人一人助け出したという行動を始め、生涯ただそれをやり続けただけの人である。彼女の意図するところではなかったかもしれないが、その個人行動が、大きく地球上に「ある感情」を呼び起こしたことには間違いないでしょう。その感情が嫌いな人もいるし(笑)好きな人もいる(笑)。
「宇宙は広すぎて人間しかいないとしたらもったいない」
これは度々この映画に出てくる台詞であり、原作者のカール・セーガン氏の長年に渡る科学的研究から出てきた個人的な思いなのでしょう。モチロン地球にだって人間しかいないわけではありませんがね(笑)。むしろ人間以外の生物の方が数的には多いはずです。この映画は、そういう視点で世界を眺めて見たときに、宇宙からカメラの視点をグーッと地球上の自分の肉体までズーム・インして目の前の生活を眺めると、何かしら起こってくる感情が一つのテーマなのだと思いました。
ジョディ・フォスターが素晴らしい。
彼女の役柄である科学者像も素晴らしいのですが、それに命を吹き込んだのは彼女の功績でしょう。「美しい」のである。それはスーパーモデルが美しいのとはちょっと違うんですよね。人間としての生活感がちゃんとあって尚且つ高貴な美しさが漂う。スーパーモデルって生活感あまり無い人多いでしょ(笑)。なんだろう?「強さ」と「知性」と「少女的可愛らしさ」と「大人の魅力(落ち着いたセクシー)」が混然と一体化してるとでもいおうかな?(笑)媚びてないんだけどツンとしてない。強いんだけど弱さを隠さない。
そして相手役のマシュー・マコノヒーも素晴らしい。男性としてたくましさもあるのに「繊細さ」を隠さない。これも「強さ」と「弱さ」の同居。感情に溺れない強さを持ちつつ、感情に対して素直になれる。また社会的な立場に負けずに個人の意見を表明出来る強さ。

この二人の男女が「21世紀の男女像」かな?って勝手に僕は思いました。あくまで私論(笑)。
「CONTACT」(1997年・アメリカ)
原作:カール・セーガン、監督:ロバート・ゼメキス、出演:ジョディ・フォスター、マシュー・マコノヒー、ジョン・ハート、ジェイムス・ウッズ他
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