【review・6】


ガール・6


(ヘビーな状況でのプライド)(97.7.29)


久し振りのスパイク・リー。

大好きなナオミ・キャンベルが出ているってことと、ちょっとHっぽいっていうんで借りてみたんだけど、結構感動しちゃいましたね。スパイクは良い奴だ(笑)。


ヘビーな状況で自分を保つのは大変だ。
N.Y.はヘビーな街である。そんなN.Y.で生きる女優の夢を持つ主人公はオーディションで裸を見せることを拒否し、当然オーディションには落とされる。生活に困った彼女はテレフォンセックスのアルバイトをして、お金を稼ぎ、ハリウッドに行こうと試みる。彼女のアパートに住む野球お宅のスパイク・リー、元旦那の盗み癖のある黒人男性が物語りに絡んでくる。彼等は彼女の職業を否定するが彼女に「じゃあ、あんたたちはなにやってんの?!」と言われれば、自分で生活出来ずに、とても誇りのある人生ではない。
彼女にとってのテレフォンセックスは夢の実現のための「必要悪」なのである。
これは日本の状況に置き換えればコギャルの「援助交際」に近いのかもしれない。 「お金が欲しいからやってんのよ。別にいいじゃん。お互い了解してるんだから」 というわけだ。
需要と供給があれば成り立つのが「資本主義社会」である。
映画の物語の合間に「幼い黒人少女がエレベーターの穴に落ちて瀕死の重傷を負う」というテレビニュースが幾度もインサートされる。テレフォンセックスの仕事を終えて自宅でテレビを見る彼女はその画面を見続ける。そんな彼女は「割りのいい仕事」に最初は満足していたが、次第にストレスが募ってくる。その度にインサートされる「エレベーターに落ちていく」カメラ主観のカット。ある日、サドっ気のある白人男性からの強迫電話を受けてストレスは爆発し、仕事をやめる。少しは溜まったお金で彼女はハリウッドに向かうことになる。そこでの女優オーディション。ついに夢が実現するのか?彼女は期待に胸を膨らませる。しかしそこのオーディションで言われたことは「OK。じゃあちょっと脱いでみて」。彼女の笑顔が消える。
「私は生まれ変わるためにここに来たのよ。自分自身のためにね。もううんざり。 人は私を変わりモノだっていうけど、私はフツーだと思ってるわ」
そういって、彼女はオーディションの紙を面接官の前で捨てて去っていく。ここで映画は終わる。ハリウッドでも彼女は女優になれないかもしれない。でも彼女は夢のために魂まで売ることは拒否したのである。アメリカはヘビーな街なのだと思う。生活のためにはプライドを捨てるのは当たり前という考えもある。実際、彼女の働いていたテレフォンセックスの会社は黒人の経験豊富なおばさんがしきり、働いている女性達に花束をあげたり、内輪でパーティーをしたり、とても明るく健康的だ。そうでもしないとやっていけない位のヘビーなところなのだと思う。しかし、誰か一人からでも変えて行かないと何も変わらない。「変わりモノ」と言われても「自分のフツー」に合わせて生きていく。こんなヘビーなテーマをスパイクはPOPに湿っぽくならず、合間に昔のブラックムービーのパロディなどを入れながら、痛烈に今のアメリカのショービジネスに向かって批判する。こんな映画を見て、何人もの黒人が救われることだろう。スパイクは良い奴だ。
「ガール・6」(1996年・20世紀フォックス)監督:スパイク・リー
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