【review・9】


真夏の夜のジャズ


(音楽との「豊かな」関係と
現在のCLUBシーン)
(97.8.11)


ひさしぶりの六本木シネヴィヴァン。

あまり映画をスノッブに見る方じゃないので(良質な大衆娯楽としての映画が基本的に好きだから)こういうところで映画を見るのは、なんか気分が今いちなのだが、そんなことも忘れて感動した(最近良く感動するな)。


僕のこの映画から受けたものは「豊かさとは?」ということ。
映画はアメリカのロードアイランド州・ニューポートで1958年7月3日から4日間行われたジャズ・フェスティバルのドキュメント。それを丸ごと撮っただけ。CLUB JAZZでは入り切らない幅の広い「古き良きJAZZ」演奏の素晴らしさはモチロンのことだが、僕が感動したのは、
演奏者、観客も含めた「音楽と人間の関係」が豊かであるということです。
それだけじゃない。映っている「海」も「町並み」も「走る子供達」も「ビールを飲み合う若者達」も、そして画面には映らない(でも感じることは出来る)「空気」までもが「豊か」としかいえないものに満ちている。
人間も地球もまだ「元気」そして「品」があった時代。
僕はノーマン・ロックウェルのイラストや昔の「エクスワイア」の表紙とかが好きなのですがそんな感じ。時代の空気なんでしょうけどね。アメリカはこのあと「泥沼のベトナム戦争」に入り「古き良きアメリカ」の幻想は砕けて、社会不信に陥った若者達は「SEX&DRUG&ROCK'NROLL」に走っていく。って、歴史的なことは置いておいて、CLUB MUSIC好きで、昔のJAZZの知識なんか無い僕でも、この頃のJAZZは本当に楽しめる。MONKの隠された熱情を持ったCOOLなピアノも、ANITA O'DAYの楽しくてお洒落なJAZZボーカルも素晴らしい。サッチモがこんなにもカッコイイとは思わなかった!今で言う「カッコ良さ」ではない。「深い」のです。モードじゃない。
「豊かさ」ってなんだろうか?
ラストのMAHALIA JACKSON(この人は世界最高のゴスペルシンガーらしいのですが)の歌を聞きながら涙してしまった。彼女は美しい。彼女は太って大きな身体だ。その大きな身体が美しいと感じる。よく田舎に「昔から立ってる古い大きな木」っていうのがあるけどそんな感じ。今までチャック・べりーで踊り狂っていた白人の若い子達も真剣に聞き入っている。こんなに「深い」歌声を大勢の(音楽マニアでもない)観客達が「深く」聞き入っている。その姿にまた胸が熱くなる。映画が終わって館内が明るくなる。後ろの席のお洒落な女の子が目をハンカチで拭いている。それを見て、また胸が熱くなる。「あ、あの人も感じてたんだ・・・・」
なんなんだ?この感じ?
音楽が大好きで、CULBも大好きな(最近は頻繁ではないけど)僕だけど、この映画の人々のような音楽の楽しみ方(別に当時の人達はそんなことは意識してないだろうけど)は羨ましい。今のCULBは(JAZZ、HIP HOP、FREE SOUL、HOUSE、TECNO、DRUM'BASEも全て含めて)このような音楽の豊かさを表現しているだろうか?「新しさ」と「尖鋭的」なことが唯一の価値となり、まるでモードを食い潰していくような激しささえ感じる現在。時たま「バランス悪いんじゃないかな?」なんておせっかいなことを考えてしまう。でも「豊か」って言葉はどうも似合わないシーンではないだろうか?音楽を「楽しむ」っていうよりも、音楽に「群がる」っていう感じ。勿論ぼくも「刺激」は大好きだし、今度来日するDJ・LITTLE LOUIE VEGAのプレイは楽しみにしているのだが。別に「古い音楽ばっかり聞こう」というのではなく「生活の中での音楽の楽しみ方」の事だと思うのですが。
「音楽を楽しむ成熟度」というものがあるならば、日本はこれからという気がする。どうすか?
「真夏の夜のジャズ」(1958年・アメリカ)監督&撮影:バート・スターン、音楽&出演:ジミー・ジェフリー、セロニアス・モンク、ソニー・ステット、アニタ・オデイ、ジョージ・シアリング、ダイナ・ワシントン、ジェリー・マリガン、メイベル・スミス、チャック・ベリー、チコ・ハミルトン、ルイ・アームストロング、ジャック・ティーガーデン、マヘリア・ジャクソン、ヱリック・ドルフィー、ジム・ホール、アート・ファーマー、マックス・ローチ他、大勢の素晴らしき観客達。
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