【つれづれ俺なるままに】13
(98.1.3)
新年を迎えて


〜97年まとめと98年展望〜


つれづれ俺なるままに。

年を越した。
金が無いので自宅でひさびさにテレビ三昧。というよりはお金を使いたくなるようなことが無かったとも言える。ここ半年位テレビ見てなかったら、テレビも意外と面白いと分かる。決して生活の中心に持ってきたいとは思わないが、気分転換(頭を空っぽにする)にはもってこいだ。年末年始のテレビを見ると、おおよその社会の動きが短時間でわかるし。総まとめ的なテレビを見てると「自分の97年」も総まとめしたくなってくる。新年を迎えて、まず「自分の97年」を振り返ってみよう。


【97年・8大ニュース】(順番は重要度ではなく早い順)

1:横尾忠則氏の番組完成
2:藤沢に引っ越す
3:DAI'S CAFEをインターネットに開設
4:半年間のロングバケーション
5:リーディングを受ける
6:4年前に別れて想い断ち切れない女性に再度想いを告げて再度断られる
7:藤沢にてクラブジャズのイベント開催
8:銀座の画廊にてDAI'S CAFEに載せたイラストの展示の誘い


97年は色んな意味で価値観の整理の年だった。
97年ほど自分にとって不透明な年はなかった(これは今年も続く可能性あり)。僕の中の何かが大きく転換しようとした年だったような気がする。

まずは【1:横尾忠則氏の番組完成】→関連記事クリック
96年の秋から撮影開始したパーフェクTVの特番。97年の6月に完成し、現在も再放送で放映中と思われる。主な内容は「つれづれ俺なるままに第3回」に詳しいのでそちらを。なにしろ貴重な体験だった。横尾さんの生き方に直に接した半年間。それまでずっと理由の分からない行き詰まりを感じていた僕は、良い意味で追い詰められ、なんらかの転換を迫られるキッカケともなった。とにかく横尾さんは「自分を生きる」ということに忠実な人である。そんな人の日常を撮影するとは「ぼく自身の生き方」が嫌でも白日の元ににさらされてしまう。そういう意味ではきつい部分もあったが、今では本当に良かったと思ってるし、97年の転換にあたって大きな引きがねとなったのである。
自分が何をやりたいのかが分からなくなり「現在とは違うことをしたい」もしくは「違う在り方でいたい」ということだけがはっきりと浮かび上がってきたのであった。
【2:藤沢に引っ越す】
テレビ業界で頑張るのか?それとも違う道を見つけるのか?
頭が混乱して訳が分からなくなった時、それまで住んでいた台東区のマンションの更新時期(6月)が来て、ふと「遠くに引っ越す」ことが頭に浮かんだ。以前から東京の雑踏に気が滅入る機会が多くなったのと、ゆったりとした雰囲気と自然が多い環境に憧れていたのが重なり「東京にも通えて自然が豊富」な神奈川県・藤沢市に引っ越す。
欲しかったイメージは「自然が豊富で尚且つ都会的な情報や店などがある」というもの。藤沢は駅から降りた時の感覚も良かったし、物件を探していた不動産屋の向かいにたまたま見つけた「SOUL&JAZZ」のBARを見つけたこともあって藤沢に決める。ここのマスターのジョージさんとは後に共同主催でクラブジャズのイベントを開催することになり、なかなか面白い出逢いである。
【3:DAI'S CAFEを開設】
「何がやりたいのかわからない」状態で模索のまま創り始めたのが自分のHPであるDAI'S CAFE。ただ気ままに、そして正直にやりたかった。誰にも文句を言われず、誰にも気を使わず、受けることを考えず、他人の意見を一切考えず、ただ自分の中身を表現する場所を創って見たかった。別に「表現したくてしょうがない」わけではなかった。ただこのHPがあれば何か迷った時にはいつでも自分の原点に戻れるような気がして(まさに自分のホームグランド)創ってみた。あまりカッコつけづに、でも変な照れや、遠慮はなるべく少なくして創っていった。普段思ってるのに他人に言えないようなことも吐き出せる場所として。今でも続いているが、たまーに「あ、こんなこと書いたら他の人なんて思うかな?恥ずかしいな」なんてことが頭に浮かぶ。開設以来何人かの常連サンもいらっしゃるようになった。
DAI'S CAFEはエンターテイメントではないので、誰に遠慮することなく自分を出せばいいのだが、やはり覗いている人がいると多少気になるものである。
「じゃあ、誰にも見せない日記を創ればいいじゃん」とも思うが、やはり「見てもらいたい」のかも知れない。「ありのままの自分」(これは時期と共に変化するものでもあるが)を一番他人に表現出来るのが現在のDAI'S CAFEの魅力である。自分にとっての。
【4:半年間のロングバケーション】→関連記事クリック
こんなに長い間仕事を休むつもりは無かった。何か始めようと思い付くまで(漫然と「自分の店」を創りたいと考えてはいたのだが)ボーッとしてようと思っていたらいつの間にか97年が終わろうとしていた(笑)。夏は毎日、湘南の海に行って、ボケーッと。秋は家でコーヒー飲みながらボケーッと。冬は煙草吸いながらボケーッと。
あっというまに貯金が無くなった(笑)。
【5:リーディングを受ける】
ボーッとしてれば、てっきり「答えが浮かんでくる」と思った僕は少々焦り始めた。
とにかく「ボーッと」したかったのかもしれない。本当は。とにかく疲れていた。何をするにも一生懸命になれない。何か無理やり目標を創って頑張ろうとするとめちゃめちゃ「疲れる」のである。かといってそろそろ働かないと生活もある。俺は「何をやりたいのか」を考えるのために引っ越し、ロングバケーションに入ったのではなかったのか?確かにボーッとしながら考えてはいたのだけど、出てきた答えは「何もしたくない」だったのだ。
あくまで参考にと思い、以前からの知り合いで(パーフェクTVで取材させてもらったこともある)ヒーリング&リーディングをやっている友人のところへ行った。
彼女と知り合ったのはニューエイジ系のセミナーだった。子供の頃からサイキックな能力があった彼女は、ずっとやっていた服飾デザイナーをやめて、現在の職業をやっている。ヒーリングはいわゆる「気功」的な能力で、人間の見えないエネルギーに働きかけ、身体や心の状態を診断したり調整したりする。リーディングは、簡単に言えば「占い」である。相手のエネルギーやハイヤーセルフ(その人の潜在意識の更に上にある、その人の高次の意識。平たく言えば「魂」だろうか)から「現在その人に必要な情報を引き出す」というもの。信じない人には(モチロンまゆつばも多いと思うが)詐欺同然の職業だが、僕はそのような次元の話しがあってもおかしくないと思ってるし、それと同時にその彼女の人間性を信頼していたこともあり、高いとは思ったが4万円を出してリーディングを受ける。

主に答えて貰ったのが仕事関係と異性関係。それが聞きたかった。
長い内容なのでここでは詳しくは書かないが、大きな印象として「自分が深いところで思っている」ことの再確認に近い内容だった。「将来こうなる」的なことというよりは、僕の人間的な傾向や問題への対処の仕方から、今後取り組んで行くことによって表れてくる状態を言ってもらった。
仕事面で言えば「やり方の大きな変化」。「今までの『自分を目立たせるため』の行動や『勝ち負け』にこだわるやり方から、『チームワーク』への移行」「キーワードは『調和』」「いままではこれからやることの準備期間だった。すでに要素はそろっているのでこれから、自分の心の中から出てくることを表現していくことに変化していく」とのこと。
自分の上手くいってないところをかなり指摘され、きつい部分もあったが大部分うなづけたので、とても参考になる。

異性関係は、4年前に別れた彼女の話しを出して「執着しちゃいけないと思うけど今だ頭から離れず困っている」などのことを聞くと、かなりその彼女との関係を細かく答えてもらう。実はかなり肯定的な内容だった。ただ僕も、そしてその彼女も「他人と深く繋がることへの大きな恐れ」があるので、そこを「手放していく」ことが必要との指摘。これには大きくうなづいた。元々そのような同じ傾向も彼女に見ていて惹かれた部分もあった。惹かれる人間関係には、自分の中にある見えない部分を見せてくれると思っていたが、ラブラブ状態ではその「良い面」ばかり見える。別れたり喧嘩したりするときは、その逆を見る。この手の関係は両方を強烈に見せてくれるのだ。
また僕には自分の性的な部分を上手く表現できない(性的な興味に対して罪悪感と恐れがある)部分もあり、これもその通りの指摘でまいった。いづれにしてもその彼女にきちんと(結果はどうあれ)自分の気持ちを表現することが必要であると言われる。
(このあと彼女には手紙を書いて表現するが現在としてはトホホな状況である→後述)

更に大きな僕の傾向についても様々な面から指摘があり(前世からの情報も含め)かなり参考になる。仕事と人間関係(異性関係も含む)のバランス的な部分で言われることも多く、何故僕が今、この二つの問題に悩み、行き詰まっているのかも、なんとなく納得がいく。
いづれにしてもこのリーディングは「僕が自分の責任でお金を出して受けた」ものであり僕の個人的なものであり、今後どのような結果や状態になっても、なんやかんやと言わないつもりで受けた。モチロン自分の人生を決めるのは自分しかいないのだけれど、何を参考にし決めていくかも自分で決めて責任を持つ分には「自分を生きる」ことのは違いないと思っている。98年も更に参考になる内容であった。


【6:4年前に別れて想い断ち切れない女性に再度想いを告げて再度断られる】
これはかなりきつい体験であった(笑)。
自分でも「もう決着つけないと前にも後ろにも進めない」という気がしていて、なんらかの気持ちを表現しないと胸が苦しくてしょうがないなあと思っていた。そんなところへリーディングでも「表現をすすめます」なんていわれたもんだからおそるおそるひさしぶりに手紙を書いてみた。簡単に言えば4年前に振られたのだが、気持ちの整理がつかず、更に現在も含め人生でこれほど好きになってしまった女性もいなかった。しかし、それだけにまた振られたらショックは大きいと思い、それが怖いゆえ、うじうじと連絡をしなかったのだ。悩みつつも。だが「そこは勇気を持って」と言われていたこともあり(笑)目をつぶって清水の舞台から飛び降りた。・・が飛び降りた下は岩だった(笑)。まあもうこれ以上細かくは書きたくないが、結果はNOである。でもなんとなく複雑なNOでもある。何が複雑かは書かないが、いずれにしてもNOはNOだ(トホホ)。ただ良かったのは良い意味でお互いの持っている「幻想(これが恋愛の初期段階で誰もが持ってしまうものでもある)」を捨てられたような気がした。つまり「ありのままの自分」に近づいたコミュニケーションが取れたような気がするのだ。
それだけでも良しとしよう。そして相変わらずその女性が好きなのである。
しつこい自分が嫌になるが、正直な気持ちなので仕方がない。更なる時間が自分を変えてくれるのならそれに従おう。
【7:藤沢にてクラブジャズのイベント開催】→関連記事クリック
「トホホ」な出来事の次は多少楽しい出来事。
クラブミュージックが好きで、中でもクラブジャズが好きだった僕は、東京でもU.F.O.のイベントやROOM、OTOなどにも踊りに行っていた。だがなんとなくどこかで馴染めないというか、「もうちょっとゆったりしたシーン」が欲しいとも思っていた。あまりモードにこだわらず「ただ素直に音楽を楽しんでいるクラブ」。まあ探せばモチロンあるだろうし、気に入らなかったら自分で創るのもいいのだが、東京という環境自体に馴染めなくなって来ていた僕は藤沢に引っ越し、頭の片隅で「藤沢で好きな場所を創ろうかな」とも考えていた。
そんなときに偶然出逢ったBARのマスターがクラブジャズが大好きで、イベントも定期的ではないが行っていたこともあり、共同でやってみよう(というよりも僕もDJとして参加させてもらう)ということになり12月13日に地元の店で行う。普段はHIP HOPのイベントがたまにある会場で(藤沢でクラブイベントに来るといったらHIP HOPかレゲエしかない)どうなるかと思ったが、意外と盛り上がり楽しめた。
フライヤーを自分で創り、藤沢市内のレコードショップや洋服屋を中心に配り歩く。まめに配ったおかげもあり、かなり若い連中(Bボーイズ(笑))が来てくれ、しかもかなり楽しんでくれたみたいで、やって良かった。無理せず自分が楽しめる範囲でまたやって行きたいと思った。
今後の予定として地元のFM局でクラブジャズ中心の音楽番組を僕とジョージさんでやろうという企画を出しているが、どうなるかは98年の動向に任せる。
とにかく思うのは「自分が楽しめるか」である。肩の力は抜いて行きたい。
【8:銀座の画廊にてDAI'S CAFEに載せたイラストの展示の誘い】→関連記事クリック
僕は絵を描くのが好きな人間である。
子供の頃の夢は「漫画家」だった。そのあと「アニメーター」になり「映画監督」になり(「広告のアートディレクター」というのも一時期あった)最終的には「TVディレクター」になる。映像が好きなのだ。DAI'S CAFEにイラストを描き始めたのは横尾さんと出逢ったことが大きい。実は横尾さんの絵は「めちゃめちゃ好み」ではない。影響を受けたのは横尾さんが絵を描いている現場を見た時だった。とにかく何も考えないでただ好きなように描いている。とにかく子供が夢中になって遊んでいる感じ。キャンバスの近くにたまたまあった写真などを見つけてはそれを模写しながら、それでも一枚の絵の中に確実に「横尾ワールド」を描いていく。模写しようが引用しようが、描いている人間のフィルターを通ればその人間の作品になっていく。その自由な描き方に感動し「いいんだ。好きなように描けば」と思い描き始めたのが最初。何かオリジナルなモチーフもないのに描いちゃいけないという観念があったのだが、それから解放され「ただ、描きたいように描く」イラストを描き始め、DAI'S CAFEに載せ始めた。別に目的もなく描いていたが(描いているときにただ楽しいから描いていた)ある銀座の画廊がインターネット上に作品を載せている人達の作品の公募展をやるので参加しないかとのメールが僕に届き、何かの縁かと思い、参加させてもらうわけである。
【98年の展望】
97年は「肩の力を抜く」「無理してる部分をやめていく」というところから入り、「誰かに媚びたものでなく自分のそのままを表現していく」ところへ行き、「そのための自分の場所」を創り始めた年だと言える。それが「HOME PAGE」であったり「自分で始めるイベント」であったりした。「自分のための場所創り」が出来上がってきた98年は「その場所の熟成と拡大」に向かいたい。それは97年以前まで行っていた「自分を周りに認めさせるため」や「周りと自分を較べ」たり「無理に自分を主張」するものでなく「自分に正直」な、また他の誰かに楽しんでもらう事が一番の条件ではなく「まず、自分が一番楽しめる」ことが基本となるテイストを大事にしていきたい。
その上で他人にも共感してもらったり楽しんでもらったりすれば更に嬉しいに違いない。「無理に周りと自分を合わせ」たり「無理に自分を他人に押しつけたり」することがなければ、今までのような行き詰まりは無くなっていくようにも思う。

98年には32歳になる自分だが、最近感じるのは「時間が崩壊している」ということ。周りからはどう思われているかは定かではないのだけど、自分はなかなか年を取れない。悪く言えば大人になれない。かといって後退していたり、成長していないとは感じない。向かっている方向は「自分の中」である。「自分の中」に入って行けば行くほど、そこには「年齢が無い」気がしている。一見「お宅」に向かっているようにも感じるが(「お宅」が悪いとは思わないが)別に周りを「排除」しているわけではない。自然に自分に向かっていれば自然に環境との共同作業が始まっていくような気がする。


【壊れる?】
トレンド屋さんみたいでちょっと恥ずかしいが、ちょっと気付いたことを書いてみよう。年末年始のテレビを見ていて、よく出てくる言葉に気付いた。「壊れる」。昔から使われていたかどうかわ分からないが、タレントがはじけたり、いっちゃった演技をしたり、少し異常なキャラクターだったりすると「壊れてる!」というテロップが出ることが多かった。
年末のニュースを見ても「壊れた」ニュースが多かった。「証券&金融」「犯罪の動機」etc。「古い価値観」では捉えられない変化をテレビは「壊れる」と表現しているらしい。それは「古い価値観」が「壊れて」いるのかもしれない。
僕個人的にも97年は「壊れる」年だったし。でも「壊れる」ことによって「新しい」ことが出てこれると感じた年でもあった。「創造」の前には「破壊」があるのである。だから一見「壊れた」と見える現象は「創造」の前段階と思えるし、「壊れる」のは「人間関係」かもしれないし「仕事」かもしれないし「感情」かもしれないし「自分の中の常識」かもしれない。僕個人に起こるかも知れない98年の「壊れる」にもそのように思いつつ、前向きに対応していきたいものだ。今年、僕はますます自分自身の流れに逆らえない年になっていくことだろう。
【今夜のBGM】「NOW AND THEN」united future organization
U.F.O.初のベスト盤。REMIXバージョンが素晴らしい。「自分で自分の場所を創る」ことを実践し、自らも楽しみ尚且つ素晴らしい仕事をし続ける彼等には、ホント感心させられます。
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