【つれづれ俺なるままに】14
(98.4.29)
子供はペット?


〜行きすぎた母性〜


つれづれ俺なるままに。

先日、テレビで気になるニュースをやってました。


「砂場の砂を火炎バーナーで消毒する幼稚園」
でっかいバーナーで一つの砂場を消毒すると、黒々とした砂は確かに真っ白になって綺麗になってました。一回たしかウン十万円かかるとかいってました。まあ値段はともかくとして、それを行っている園長さんのインタビュー。
「大事なお子さんを預かっている身としては、犬の糞や雑菌があるといけないと思いまして」

うーむ。それって子供を大事にすることかいな?
僕は「なんか違いやしませんか?」って思ってしまった。
園長さんも悪気はないんだろうけどね。悪気というよりは金気(笑)。
つまり「より多くの園児を入れたい」という経営心。そしてその奥には最近の「若いお母さん」達の要望が見え隠れする。
「より安全に」「より綺麗に」「より衛生的に」。
僕が今、住んでいるところは新興住宅地で若い家族が多い。昼間なんかはヤングマダムと小さな子供たちしかいないのだ。今は僕はようやっと働きはじめて昼間はいないのだけど、ちょっと前までは何もしてなかったので昼間外でふらふらしてるじゃないですか。そうするとさ、なんか居心地悪いんだよね。自意識過剰はある程度認めるけど「自分が浮きまくっている」というか下手すると「危ないおじさん」(笑)(まあ確かにあご髭たくわえて、その時は髪を後ろで結ってたからかなりファンキーな容貌ではあったよ(笑))的な視線を浴びているような気がしたものだ。
まあ別に俺のことどう判断されてもいいんだけど、それを差し引いても何か
「母親と子供しかいない街」という状況は何かとても気持ちが悪い気がしたのだ。
「汚いもの、危険なものは一切排除します」とでもいうようなオーラが(笑)住宅街に漂っている。大体子供たちは家の庭か家の中にいるようで(ま、ファミコンやってるのだろうけど)公園で取っ組み合いの喧嘩なんていう光景はとんとお目にかからない。やってもすぐ母親が止めちゃうんだろうけど。

「暴力はいけまんせんよ!」
なーんて言ったりしてね。でももしかすると僕なんか子供の頃、肉体的にある程度傷つけあうよな喧嘩もしたらこそ「あ。暴力はやばいこともある」って無意識に憶えたのではないか。「叩かれたら痛いよな。っつうことは相手もこれだけやれば痛いんだろう」そんなことを身体で憶えつつ大人になった現在、自分の暴力の破壊力はある程度予想がつくので「気に入らないから殴る」なんてことはしないわけだ。よっぽどのことが無い限り。警察沙汰になるからやらないというのもあるかもしれないけど。きちんと「痛みを知る」っていうのは大事なことかもしれない。
「いきなりナイフ」
こんなニュースがたくさん最近出てきたのは「家庭内母子家庭(と言っておこう)」と無関係ではないと思う。星一徹のような「卓袱台ひっくり返しオヤジ」っていうのもどうかと思うが、今の家庭はあまりにも「父親的なもの」(父親はいてもその父性は失われている)が無くなっている。こんなこと書くとスゲー「親父な考え」と思われるかも知れませんが、別に「子供を殴ってしつけろ」ちゅう意味ではありません。 「ついつい守ってしまう」母性ではなく「時には多少の危険や傷を承知の上での冒険を促す」父性のことです。
「子供の野性を封じ込めるな」ということです。
「格闘技ファミコンや暴力的なコミックの影響」なんて今だに言ってる人もいますが、僕は「野性が閉じ込められ、去勢された子供たちの暴力的な部分がそこにしか出せない」からだと思います。逆なんだと思う。むしろそれさえ失われた時の方が怖い。僕なんか高校のときちょっと神経的に参った時アクション映画やホラー映画ばっかり見てました(笑)。気持ちが悪いほど(笑)。
いわゆる「ガス抜き」です。
宮崎駿さんがこんなこと言ってました(すぐ彼の引用しちゃうけど、好きだからしょうがない(笑))。
『人間の暴力的な部分を無視する社会は不健康で、むしろそれを認めていかに昇華出来るかが、これからの鍵でしょう。昔の人間は非日常としての「祭り」などを行って、ちょっと祭りで人が死んだりしても次の日はケロッとしているような野蛮なところもありましたが、暴力衝動をきちんと出したからこそ礼儀正しく振舞えたのではないでしょうか』
正確ではないけど、大体こんな内容だった気がする。間違えると宮崎さんに悪いかもしれないので、僕の意見としておきます(笑)。
溜めすぎるから爆発する。
これは単純な物理法則ですね。人間は理性だけでは生きられないのだと思います(笑)。いやマジに。特に日本って「管理」されたり「抑圧」されたりしていることが見えづらい。アメリカの人種差別ようにハッキリしてると黒人暴動みたいな形で出るけど、「やわらかな抑圧」「見えない去勢」は今、そしてかなり以前からあったと思う。その一つの要因に子供たちへの「行きすぎた母性」があると思う。
それが子供たちの野性を閉じ込め(でも無くなっちゃいない)去勢された(エネルギーを奪われた)子供たちはどこかで爆発する。

「おとなしくて良い子でいて欲しい」というのは親のエゴ。
結局「自分が安心して見ていられる」という基準でしか子供を見れない。それはつまり「子供を自分のペット」にするのとおんなじ。「期待通りに生きて欲しい」「期待を裏切らないで欲しい」そんな無言の圧力は「見えないナイフ」となって子供たちの胸を刺していたのかもしれないなんて考える。
いかに野性を昇華するか?
僕がクラブとか行ったり、クラブミュージック好きなのもそのへんの理由は大きい。 音楽は人間の情緒だけでなく野性にも訴える。黒人にHIP HOPが無かったら大変なことだと思う。それほど彼等は音楽で解放しているのではないか?大体、僕自体32歳にもなって身体ぶんぶん言わせて汗みどろで(時には雄叫びさえ上げ(笑))踊りまくる場所なんて、今の都会ではそうは探せない。おおよその「お祭り」が形式的になり規制のおかげで「守るべき伝統芸能」になってしまった現在、若者にとってのクラブは重要なものだと思う。
砂場は犬のウンチに出逢う場所だ(笑)。
「砂場消毒ニュース」から飛んでもない話しにまで発展したが(笑)、話しを砂場に戻すと「犬のウンチを触ったら手を洗えばいい!」と思う(笑)。それをしっかり教えるのが幼稚園ではないのでしょうか。「犬のウンチは人間のとはまた違う臭さがある」っていう発見を僕は子供の頃、砂場でしましたが(笑)子供から色んな意味での体験をどんどん奪っていくのはなんともだなあという気がする。
「体験でしか分からないこと」っていうのは世の中いっぱいあるのだ。
【今夜のBGM】「LIVE ON PLANET GROOVE」maceo parker
野性の王国メイシオ&JB'S軍団!!僕に子供がいたらこんな音楽を聞かせあげたいね。「PLANET(地球)」は野性に満ちている。
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