最初は「禅」から始まった・・・


(中学生の頃。ノストラダムスから尾関宗園へ)


俺のウチはさ、ずっと母親がクリスチャンで幼稚園とかもキリスト教系だったんだよね。で賛美歌とか唄わされたりして、そんな雰囲気には馴染んでいたわけ。で、特に宗教的な関心もないから、SF的なものに興味を持つ子供心には「キリストは宇宙人だった」なんていう当時の木曜スペシャル的な発想の方が面白かったわけ。で、将来は漫画家になって手塚治虫みたいな偉大な人間になりたいなんて鼻息を荒くしていたわけだ(そういや手塚さんの「火の鳥」にはある種の宗教的というか宇宙的視点みたいなものを感じてはいたが)。中学に入って感性も盛んになり色んな書物も読み始めていた頃、一冊の本に出逢った。

「ノストラダムスの大予言」(笑)。


って、今だから笑えるし、半分笑って見なくてはいけない本だったんだけど、夢多き感性爆発の中学生の俺には全くショックだった。疑いもなく真に受けたのだ。

「どうしよう、世界がやばい!!」(笑)


別に世界や地球を憂うことが恥ずかしいことでもないし、むしろ今時地球規模で物事の視点を持てないのはバランスが悪いといっていいと思うが(同じ位、個人的感覚も大事ですけどね)。とにかく当時の僕は鬱状態といっていいほど落ち込んだのである(基本が真面目なんですよ、どうもね)。このころ一度東京の雑踏を歩いていて滅茶苦茶落ち込んだ記憶がある。「ああ、こうやってたくさんの人が楽しそうに歩いているが、もうすぐこれも終わってしまうのか・・・・」

毎日が鬱鬱とした気分だった。


若い自分としてはまだ社会に出てやりたいこともあったし、何か解決策があるはずだと、無い知恵を絞ったのである。で、思ったのが「ノストラダムス」にしても「終末論」的なものは大体において「キリスト教」的な匂いがしていた。大体世紀末なんていうのも西暦という西洋人が勝手に創った暦じゃないか。なんで日本人である俺が影響されなきゃいけないんだ。と、なんだか理屈にもなってないような理屈を思い始めた。そんな考えが始まった頃、

妙にアジア的なものに気分が解放されることが多くなるのである。


演歌が好きになったり(笑)、右翼的なものに惹かれたり(三島由紀夫の行動学入門を買ったこともあったな。内容は憶えていないけど)、武田鉄矢が好きになったり。 つまりこれらのものから発する「アジア的」な感覚が「キリスト教」的な「人間は罪を背負った存在であり神の審判は近い」というような世界観に対抗出来るような気がしたのだ。今にして思えば、本当のキリストはそんなこと言ってないと思うし、とてもアジア的な人間だったと思うけど。それはつまり教会というものが権力になった時に「歪み」が始まったのかもしれない。いずれにしても、そんなことばっかり考えて生きているというのは、とってもバランスが悪く健康的とは言えなかった。毎日の躁鬱が極端になっていった。そんな時に学校で一冊の本を見つけるのである。

「大死一番」尾関宗園。


確か京都の禅寺の坊さんの本だったと思うけど、難しい仏教の抹香臭い話しなどせずに、自分の毎日の生活を熱く(まるで当時の金八先生のように(笑))語っているのだ。「大死一番!もうだめだと思ったときから本当の自分が生き返ってくる!!」 っていうようなことが書かれてあったと思う(違っていたら宗園さんごめんなさい)。「なんで、ダメなのに生き返るんだ?」なんていう答えは書いていない。要は理屈から脱出することなのだ。まあ哲学系の人には「ああ、単純な精神主義ね。感情だけあおって」なんて思うかも知れないが、僕にはとても新鮮に思え、何か力がみなぎってくるような感覚におそわれたのである。ただ、この本も今にして思えば御自分の言葉で語られていたとは思うが(宗園さんには悪いけど)少々感情主義で、心的転回(まあ宗教的にいう、ある種の悟り的体験)は徹底されていなかったのではないかと思う。当時は。今は立派に転回されているかもしれない。 印象深かったのは宗園さんが「書けい」(人前で文字を書くと手が震えて上手く書けないので、それを恐怖してしまうこと)だったことだ。一種の対人恐怖である。

「手が震えても生きていくしかない!」


つまり仏教でもそうだが、環境や運命に対して「文句」をいう「西洋的思考」と違い、その「状況と自分をありのままに受け入れて生きていく」「環境と自分を対立させない」生き方というものが、僕の「世紀末終末恐怖」に光りを差し込ませたのである。

だが、本当に自分が禅的な生き方に対面するのは、高校1年まで待たなければいけなかったのである。それは僕の人生の大きな転機となるものだった。


続きはこのあと「対人恐怖症。森田療法との出逢い」。
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